seek leak sea

 

 

こんなことをしている場合ではない。

 

昨年末と同様で今頃動揺しているが遅い。

遅くはないが今こうやってこの時間にブログを書いている時点でヤバ過ぎる。

 

合格点の半分、試験は明日。

 

よほほ。YouTubeは1.5倍速が違和感無く見れるようになってしまった。

少し、世界の流れがゆっくりに感じた。

 

なんて言ってももう22時である。何がゆっくりだよ。

 

明日だぞ。お風呂に浸かってリフレッシュしよう。

 

そしたら点数が倍になっているかも!

 


あなたは簡単に落下と言うけれど

友人とゲームをしていたら、「お前はすぐ落下死するよな」と言われた。

現実と同じような動きしてもあんまり面白くないだろ、と当時思った記憶がある。

 

 

 

新年、会社で開けた手帳が12月までだった。

3月だと勘違いしたまま1年共にしていたようだ。どうやら。

 

仕事も考えなければならないことが多いが、今回の帰省で家庭のことを考えなければならないことを痛感した。能天気に構え過ぎていた。憂鬱だ。

 

 

本屋へ行った。時間を甘く見積もっていたら閉店15分前に着いて新しい手帳を物色する。使っていた手帳と同じものが良いのだけど、妻が選んでくれた物なので、似たようなものがこのお店には無く。

 

限られた時間で買った手帳は以前から好んで使用していた小さめのサイズ。無くすリスクはあるが*1しっくりくる。

 

買おうと思っていた漫画の新刊と雑誌も購入し、少し晴れ晴れしい気持ちで帰路に。

 

 

 

「あ」ビニール袋の取っ手が千切れて、手帳と漫画がアスファルトに落下した。

手帳は素材的に無事のようだが、単行本の方は背表紙がズタズタになっていた。

 

 

自分のこれまでの行動が結実したような現実。落ち込む自分。

 

この気持ちも書き記しておこうと思った次第。そう思う隣の自分。

*1:過去、洗濯、紛失経験あり

初夢・午は見ている

思い出した。

 

 

競馬で約300倍のオッズの馬券を800円購入していて当たったのを妻に報告したら「ふーん」と言われて、なんでそんな反応なんだ、25万だぞ・・・?

悲しいね。

 

ってのが初夢だった。

 

 

「布団上げたいから起きて」と妻に言われた。

寝正月である。いつもなら十何時間とか平気で寝るので、自己嫌悪に陥るのだが、寝ても寝ても満足感。眠るのがこんなに良いものとは思わなかった。

そもそも一人で眠ると最近は全く夢を見なかったので、隣にいる妻の存在が自分にとって、とても大きいのだと嬉しくなってしまった。

独り身の方が気楽でいいんじゃないか、と思いながら生活をしていたので。

 

 

有馬記念は妻ともども玉砕したので、今年は身の丈になった買い方をしようと思います。あ、そういえば。午年か今年。なるほど。

 

中山金杯も当たったけど微妙に負けた。これをガミる、というらしい。

 

今年は買い方自体を考えて楽しく競馬、やっていきたいですねぇ。

 

 

(その後、当たったお金をノリで川崎の馬券に充てドブに捨てた)

キラ

壁にかかっている時計を見ている。

秒針がぬるぬると動いていくのを目で追っている。

 

 

一秒ごとにカチ、カチ、と時を刻む(この表現、洒落てますよねみんな普通に使用しているけれど)のよりもなんとなくだが、フレームレート高めな時間の進め方が高級感があるんじゃないかという気がして、ダイソーで、買ってきたのだが。

 

時間の進み方がめちゃくちゃ早くないか?

時計の気分でこの世界の時間を変えてないよな?と真剣に考えるレベルで、12から12に帰ってくる様を見守った。

 

本当はこんなことを書こうと思っていなかったのだが、時計の奇妙な秒針のせいで狂った。書こうと思っていたことも忘れてしまった。

 

例えば5分という時間。

音楽を聴くと、体感時間は音楽に支配されてしまうが、同じ5分でも瞑想に充てれば驚くほど長いことに気づく。さっきやったから間違いない。

いや、待てよ。その5分林檎産の腕時計のタイマーだよな。結局最終的には何かに委ねなければ時間とは測れないものなのか。

周囲の様々なコンテンツに思考の速度制御されているのではないか。もっと早く考えて行動できるはずなのに他者に合わせてボトルネックを引き起こしているんじゃないか、そう感じた私はまずYouTubeの再生速度を1.25倍にすることから始めた。

 

 

これが倍速視聴の入り口、タイパ至上主義に至る初期段階とは気づかずに。

リズムも音量も多様性な音が響いている

終夜運転を取り止めた各交通機関

 

例に漏れず二人もも参拝は最寄りになっていた。昨年からそういった方式になっているけど

、なんでだっけ。妻に聞かないとわからない。

 

最寄りの神社は有名なのか大通りに面しているからかはわからないが、盛況で数十分待ちの長い列が形成されていた。

 

アトラクションの待ち時間かよ、と思ったし隣に向かって言った。

言いながら横切る。

 

 

人混みは二人とも苦手だ。

というか、好きな人、いるのか?

気が狂わないで、素面で、いられるのか?

 

なので、格式高いような神社仏閣よりもひっそりとした所が好ましく、昨年二人が見つけた隠れ家のようなお寺で、鐘をつく。

昨年もいらっしゃいましたね、と住職に言われたが本当に覚えているのかしら。

他にはどこか行かれましたか、とも続けた。

 

昨年ここを訪れて気に入ったのでここが初めてです、と返すと、住職は謙遜しながらも喜んでいたようだった。

 

住宅の中にひっそりと建つお寺で、話し声すら大きく感じる中、鳴り響く鐘の音を聴いてまた来年もここから始まると良いな、と思いながら街を少し散策しながら二人は帰った。

 

2026年。