自己所懐 (或いは詳解)

死ぬまで続く恥曝しの生活を公開しています

ある休日の切り取り

目的もなく徘徊する散歩が好きだ。

 

 

 

都会のビル群を見るのも悪くないが、自分にはこの現代社会の情報量は過剰だ。

正直、しんどい。

 


その点今住んでいる田舎の田園風景を散歩すると、情報量が少ないが故に普段では気づかない細かい所を発見できて楽しい。

行った事がない駅の裏側の道を通る。

 


最近iPhoneを16に変えたのだけど、右下のサイドボタン(カメラコントロールボタンというらしい今調べた)が非常に便利で、良いなと思った瞬間を写真で切り取れるのだ。これが自分の性格と相性がよくて、何枚も写真を撮ってしまった。

 

最近出番のないGRの出番がまた遠のいた気がするな。

 

 

全身隙なく隠して遮光サングラスで散歩している人とか、山に唐突に生える何かの研究所とか。

普段は通り過ぎる景色に一つ一つ足を止める。

 

 

 

一つ一つの景色を楽しみながら散策していると、

遠くから声がする。子どもの声。

 


「おはよーございまーーす」

 


小学生になるかならないかの兄弟がどう考えてもこちらに声をかけている。隣には父親か。

 


「おはよーございまーーす!」

 


「おはよう、ございます」

軽く会釈をしながら通り過ぎる。

一瞥すると、父親がよかったね、と言わんばかりの笑顔で子どもの頭を撫でていた。

 


親子共々笑顔で、アレは自分への挨拶で間違ってなかったんだなと安心したと共に、この親子に青信号一回の幸運が訪れますように、と祈って通り過ぎた。

 

幸せを感じる能力は些細な事に気づけるかどうか

だとしたら、自分は少しだけ優れているかも、そんな気がして朝食バナナを頬張った。

 

朝食バナナ、その名前だけで甘いものを食べた罪悪感を消してくれるから全ての食べ物に朝食〜と付けるべき発明だな、と思いながら。

 

朝から昼へ。