自己所懐

振り返るために今を記しています

「日記を書く」

ちょうど一年前だったりあるいは10年前だったりこの時期だとここ数年は自覚した花粉で苦しんでいる日記が読める。今現在も花粉を撲滅する政党があったらそこに投票したいと本気で思っているくらいに苦しんではいるが、過去の自分に対しては穏やかな気持ち、、違うな共感、とは若干違うが近い何かを覚えて心強くなる。

 

同じ弱点を持った仲間たちがスクラムを組んで、心強い。

まぁ、花粉で全滅するんだが。同じ感情を共有する弱者どもだ。

 

 

日記を書き続けているとそれが数年単位で積み重なり、馬鹿にできない情念が出来上がる。

繰り返し言及される感情、出来事。

反復して浮き上がったフレーズこそが自分を定義していく。

また、あれだけ執着していた事も忘れていたり取るに足らないことになっていたりする。

変わっていくのは風景か自分か。

 

そんなことがあったな、と思い出す。当時は覚えていても今は忘れている仔細。

 

 

mixi日記で初めての失恋の備忘録を見つけて、めっちゃおもろいやんけこいつ、となった。ハガレンに影響されて付けたタイトルだったのは笑った。

 

 

 

俺は忘れていたよ、もう。そんな強い気持ちで書き殴るクソみたいな文章。

でも忘れていた自分が土台になって今ここにいる自分は結構幸せだったりするからありがとう昔の自分。

 

 

この文章を忘れた頃の未来の自分もこれを読んで真顔になってください。どうか。

苦笑いでもいいですよ。

 

 

誰かにとっては路傍の塵以下でも自分にとっては価値のある財宝なんすからね。

自分を構成する必須栄養素だから。

 

日記なんてそんなもんよ。そんなもんでいいんだよ。

 

 

写真のアルバムを懐かしんで読むみたいに文字のアルバム、それが日記かと不意に自覚した日。