自己所懐

振り返るために今を記しています

映画の感想『猟人日記』②

・猟人日記(原題:young adam) 6月17日
主人公のジョンが女も職も転々とする話。
川で流れてくる女性の水死体を発見したジョンとオッサン(リスだっけ?)
その後、ジョンはオッサンの妻とセックス。
日々求め合っていく内にオッサンにバレて、オッサンが船を出る。
妻の妹の旦那が亡くなり、慰めるつもりで同じ船に。
妹はジョンを誘惑し、誘いに乗る。
妻が船を出て元旦那に会いに行ったことを妹から聞いて、船を出て行くことを決意。
酒場で飲んでると、男に声をかけられ男の家で下宿することに。
その男の妻とも一夜を共にする。
一方、水死体の犯人として捕まった男の裁判が始まる。下馬評によると有罪であることは間違いないだろう。
それも極刑だという。ジョンは罪の意識からか、被告は犯人ではないという旨の手紙を送るが・・・
無罪の男は有罪になってしまった。
水死体の女性とジョンは亡くなる直前に会っていたのだ。
彼女が川に落ちるところに彼は居合わせた。
彼は彼女と暮らしていた。彼は作家志望で働きもせず本にならない文章を作り続けた。
そんな彼を2年間支えた彼女。
しかしそんな関係も変わらない彼に嫌気が差し破局した。
そして数ヶ月が経ち、偶然街でまた出会った二人。
過去のように裸で抱きあう二人、妊娠したと告げる彼女。親にはならない一緒にはならないと告げる男。そのやりとりの中で偶然彼女は川に落ちてしまった。それが上記の水死体だ。

ジョンの印象的なシーンが、タイプライターを川に投げ捨てる所、元カノの写真を燃やすとこ。
そして鏡を捨てるシーン。
川に沈んだ、ということで考えれば、タイプライター、元カノ、息子、鏡などがあげられるが共通点はあるのだろうか?
息子が落ちた時は反射的に川に飛び込んでいたのに、元カノが落ちた時には(彼女が泳げ無いということを知っていたにも関わらず)すぐには飛び込まなかった。
助けなければ面倒なことから逃げられると思ったからに違いない。
面倒な事があった時彼は渋ったり逃げ出したりしていることから。
浮気の発覚など。
冤罪を冤罪のままにしたことや、責任から逃げ続けること(タイプライターを投げ捨てたのも、これがあると2年を費やして結果を出せなかった責任を感じ続けるから)の罰が、肉欲を超えて愛にならないということなんじゃないかと。
彼が環境を流れ続ける事がエデンの園からの追放と重なるのではないか?と。
彼の責任が試されていて、その都度逃げて転々とする羽目になったのだ。
でもそこまで嫌悪感を覚えない。
ユアン・マクレガーの演じる主人公はどこにでもいるような人間が抱えるようなものであって、それはつまり全人類が原罪に塗れているということ、なのかもしれないからである。