壁にかかっている時計を見ている。
秒針がぬるぬると動いていくのを目で追っている。
一秒ごとにカチ、カチ、と時を刻む(この表現、洒落てますよねみんな普通に使用しているけれど)のよりもなんとなくだが、フレームレート高めな時間の進め方が高級感があるんじゃないかという気がして、ダイソーで、買ってきたのだが。
時間の進み方がめちゃくちゃ早くないか?
時計の気分でこの世界の時間を変えてないよな?と真剣に考えるレベルで、12から12に帰ってくる様を見守った。
本当はこんなことを書こうと思っていなかったのだが、時計の奇妙な秒針のせいで狂った。書こうと思っていたことも忘れてしまった。
例えば5分という時間。
音楽を聴くと、体感時間は音楽に支配されてしまうが、同じ5分でも瞑想に充てれば驚くほど長いことに気づく。さっきやったから間違いない。
いや、待てよ。その5分林檎産の腕時計のタイマーだよな。結局最終的には何かに委ねなければ時間とは測れないものなのか。
周囲の様々なコンテンツに思考の速度制御されているのではないか。もっと早く考えて行動できるはずなのに他者に合わせてボトルネックを引き起こしているんじゃないか、そう感じた私はまずYouTubeの再生速度を1.25倍にすることから始めた。
これが倍速視聴の入り口、タイパ至上主義に至る初期段階とは気づかずに。